夢の途中

会社から与えられたビジョン

私は高校卒業後、大手飲食企業(ファミレス)の調理職として入社、会社でもそれなりの地位と役職がありました。

会社の上司、同僚、仲間に至っても、このまま定年まで勤めると思っていたことと思います。

会社では多くの社員に、必ずと言っていいほど、こんな勉強会をしていたと思います。

今の自分と、現在『5年後、10年後の自分が描いたビジョン』を計画的に、実現させるために努力するというものです。

みんな漠然とテキストに記入していたと思います。

私の会社でのビジョンは、料理長になり、スーパーバイザーになることでした。

順調に33歳には、北海道20店舗のスーパーバイザーになり、時点の目標は達成しました。

会社との考えの相違

34~35歳頃の私は、その後のビジョンは、どうしても会社では、見出せなかったのです、それはコックのいるレストランとして、高単価商品の提供、かしこまったサービス、本当に食べたいものを注文すると1500~1800円の客単価のお店でした、収入の少ない若い家族には、家族5人で1万円近くの出費は相当の覚悟が必要です。

会社は、アッパーミドル層をターゲットにしているのだと、しかし現在の若い方が、アッパーミドルになったとき若いころ選ばなかった店を果たして選ぶでしょうか?

これからの少子高齢化、人口減少の中では太刀打ち出来ないと私は判断したのです。

私が考えたのが、客単価1000円以内で、ステーキ、ハンバーグを中心とした洋食で美味しい料理と、ご飯、味噌汁がついているお店を作りたいと思ったのです。

安さを売り物にしているお店とは違い、品質も高く、付加価値の高いお店です

そんなお店だったら、若い家族、高齢者もちょくちょくこれるんじゃないかって思ったのです。

お客様が、気軽に来店出来、しかもアットホームな雰囲気、気軽にお客様と会話を楽しむ店を作りたい。

そんな思いから、自分のお店を持とうと独立を決意しました。

独立へのシナリオ

会社で学んだ、5年後の自分を想定し、私はラーメンが大好きな事、資金面も考慮し、まずは、北海道で、チェーン展開している、ラーメン店の繁盛店をやってみようと思いました。

その後、3店舗まで拡大し、株式会社にする。株式会社にすることで資金繰りに困らない、潰れない会社、土台作りをする。

賛同してくれる仲間を作る。

その後、カフェ、ステーキハンバーグ、洋食の店を作る。

物件取得、物流、購買、食材のPB化を踏まえ、FCのパッケージ作り、FC事業を行うという内容です。

転機

37歳の時、会社方針で関東へ単身赴任が決まりました、その後広島、岡山、博多本社の勤務となり、日本縦断です。

さまざまな環境で、いろいろな人と出会い、いろいろな仕事、知識を身につけました。

広島、岡山の担当のとき、休日には大好きなラーメンを毎回食べに行っていました。

そのラーメン店は、『新和歌山らーめんばり馬』『京都らーめんとりの助』でした

この2ブランドは、広島を中心にチェーン展開しているお店で、インパクトのある看板、奇抜な店内、私は、この『ばり馬』で事業を始めようと決めたのです。

ここまでくれば、北海道ではなく、この地でやることを決意しました。

私は、チェーン本部の門をたたき、出店希望を申し込みました。

有言実行

私は、九州博多で、2008年12月末で28年間勤めた会社をやめました。43歳のときです。

自己資金は、たったの1000万

自宅は、北海道家族がいます。

その後、岡山、倉敷市内、市外をくまなく、物件を探し、車の中で毎日野宿の日々

やっとの思いで、2009年4月念願の『ばり馬岡山西大寺店』をオープンさせたのです。

とにかく、出店までは、やることが山積みで、何がなんだか覚えていないほどです。

オープンは、私一人と、アルバイト30名でオープンしました。

無謀としか言いようがありません、でも大変でしたが、後戻りできない自分と、家族が北海道にいます。

人生で一番本気で戦ったように思えます。

お店も軌道に乗り、家族も岡山に呼ぶ事が出来、私について来てくれる人材にもめくまれ、銀行の信頼もつき、2011年3月、倉敷に『とりの助倉敷羽島店』をオープンさせることが出来ました。

その後、倉敷の『ばり馬下庄店』を傘下に入れ、2014年4月、『とりの助東平島店』をオープンさせました。

ラーメン店4店舗、年商2.8億円迄成長しました。

地は固まった。

夢への第一歩

私は前職から6年、やっとたどり着いた、ステーキ、ハンバーグ、洋食の店を作るという決断

カフェブームの流れから、カフェを取り入れました。

毎日、ハンバーグの仕込、ソースの仕込、デザートの仕込、コーヒーの味合わせ、試作の繰り返しの日々深夜まで続く。

そして全メニューを作り上げました。

そうして、念願の夢の第一歩『カフェ・ステーキハンバーグ根本商店』を2015年4月赤磐市にオープンさせました。

社員全員参賀し、出店しました。

今後の展開

『カフェ・ステーキハンバーグの根本商店』直営店を岡山中心部で出店する。

知名度を上げ、個人様、企業様に魅力のある店舗にする。

物件取得、物流、購買、食材のPB化を踏まえ、FCのパッケージ作り、FC事業を展開する。

感謝の気持ち

ばり馬をオープンさせてから、私に賛同し、ついてきてくれた仲間たち、本当に感謝しております。

これからも、事業拡大には必要不可欠な人材です。

現在社員は私を入れて9名、パート100名

賛同してくれた社員には絶対恩返しします。

将来、社員の独立支援の実施、個人事業主となり、店舗収入が入る仕組みを作り、年金外収入を得るようにする。

最後に

大手飲食企業を退社後、駆け足でここまでやって参りました、ひとつ私から言えることは、批判めいたことも言いましたが『人はやりたいことをやっているほうが、絶対楽しい』一度きりの人生どこまでやれるんだろう。

まだまだ楽しみでいっぱいです。